家電売り場で、今話題(?)の3Dテレビを視聴させてもらった。
全く興味はないのだが、連れていた子供が喜ぶかと思い、気乗りしない店員さんに立体メガネを出してもらって、所定の位置から何かのアニメを眺めてみた。

興味がないのがばれてはいけないと「ソフトはどれくらいあるんですかね?」と、ほとんどないのを知りつつ店員さんに尋ねると、「いやー、あんまりないんですよ」と店員さんもあまり売る気はなさそう。肝心の息子も興味を示さず、時間を無駄にした。

この手の3Dものは過去にも何回か出ては消えたりしたいので、今回の3Dテレビも来年にはもうみんな忘れているのかも。

ピンク映画で3D映画が最初に現れたのが、かなり初期の1967年(昭和42年)。

『変態魔』と題した日本シネマの作品がそれだ。監督は関孝二

関孝二 はエロ文化史の上では、なかなか重要な位置を占める監督。

まずは、谷ナオミ のデビュー作である『スペシャル』(新日本映画, 1967)の監督であることが、われわれSMファンにとって大切な事実。

また、「ピンク映画 」の語源が、関孝二 監督が1963年(昭和38年)に製作した『情欲の洞窟』(国映)の取材記事(内外タイムスの村井實 )に由来しているらしいことも興味深い。ここでは女ターザンに扮した沼尻真奈美が全裸で奥多摩の川を泳いでいる。

そして、冒頭の立体映画などの企画モノ。他にも透明映画や、臭い付き映画(これは消防法で実現しなかったようだが)など、愉快な映画をいろいろ作っておられる。

関孝二 監督監督は1911年(明治44年)生まれなので、『スペシャル』や立体映画の撮影時には既に50代後半。50代後半になって立体映画や臭い付き映画を始めるのだから、そのバイタリティーには敬服してまう。事実、映画データベースでは、1985年、すなわち74才の時まで映画の監督をされている。脱帽である。

添付の画像は1968年(昭和43年)の作品『恐怖のサディスト 異常性犯罪史』。よく見ると「立体透視映画」「あなたものけぞる凄じい立体シーン!」とあるので、3D映画だったようだ。

本邦初(恐らく世界初)の三次元SM映画というわけだ。

(画像は『成人映画 』No.28 (1968)の裏表紙)


Posted: 2010-06-03 02:10:00

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