さて、いよいよ関谷富佐子夫人にかかります。
関谷夫人は、写真点数が多いうえに、63年から70年と、分譲期間が長いため、ヘアスタイルなどの変化が激しい事。しかめっ面ばかりで、普通の顔の写真が少なく、後ろを向かれると前を想像しにくいなど、なかなか厄介な存在です。
今回こそ、前・後編に分けて掲載致します。

121-01 わあ-1関谷富佐子 121-01) わあ-1 関谷富佐子-1
この写真と次には、裏に(わあ)と書き込みがあります。63年8月号で発売された『裸身の晒し』 大手札3枚組であろうと思われます。







121-02 わあ-2関谷富佐子 121-02) わあ-2 関谷富佐子-2
同じく『裸身の晒し』
「バタフライも剥ぎとられて、全裸の姿態をさらして後手に吊られた魅力的な臀部を、ぷりぷりと固肥りに引き締ったヒップを皮のムチで思いきり引っぱたくと、肌を真赤に染めて、全身をくねくねとくねらせて身悶えぬく均整のとれた美しさか、ぐっとしびれるように胸にくる。」 と解説されています。相変わらず下手くそな日本語ですね。








121-03 関谷富佐子-3 121-03) わあ-3? 関谷富佐子-3
これも、(わあ)と思われますが、同月発売の(せら)の可能性もあり、その他E組以降の英字組かもしれず、特定は不能です。
上の2枚は糊付きアルバムに貼られていたのに対し、これと次はポケット型アルバムに差し込まれていたなど、出所も違います。











121-04 関谷富佐子-4 121-04) 関谷富佐子-4
上と同じ日の撮影と思われますが、それ以上の特定は出来ません。















121-05 せや 関谷富佐子-5 121-05) せや 関谷富佐子-5
63年5月号で発売の(せや)『夫人の表情』 3枚組。
「いろいろの事情から口絵には発表できない関谷夫人の素晴しい悦虐の表情をとっておきのネガから特別提供します。一回の撮影に僅か数ポーズか撮影できなかった際のムチ打ちに悶える夫人のすべてがこの三葉のフォトに集約されています。」 といっても、ムチもなければ傷もない。ただ顔をしかめているだけの写真です。

121-06 関谷富佐子-6 121-06) 関谷富佐子-6
3の写真と同じで、上とは出所が違い、裏書きもありません。でも同時撮影だと思います。
右側に別人のヒザが見えます。女性のヒザのように華奢ですべすべした感じですが、関谷夫人の撮影に女性が同席した形跡はありませんので、多分男性なんでしょう。


121-07 関谷富佐子-7 121-07) 関谷富佐子-7
横のものを縦にしただけの写真です。
1枚ぐらいにっこりした写真があっても良いと思いますのに・・・佐々木真弓みたいに。













121-08 関谷富佐子-8 121-08) 関谷富佐子-8
ここでようやくムチが出てきました。
背中の凹みのように見える明部が何かは分かりません。原板では目立ちすぎましたので、少し押さえておきました。
実は、この写真は2枚持っておりました。もう1枚は中央部が黄色に汚れていましたので、スキャンしませんでしたが、こんな明部はありません。事前に分かっていたらもっと思い切って修正したんですが・・・

121-09 もい-1 関谷富佐子-9 121-09) もい-1 関谷富佐子-9
ここからの4枚は全て裏に略号の書き込みがあり、糊付きフィルム付きアルバムに貼られていました。ところが、保存状態がよいかといいますと、むしろポケット式アルバムに入れられていたものの方が褪色が少ないんですね。不思議なものです。
奇クとしては珍しく床は毛足がループ状になったカーペットです。同じ場所での写真があと10枚以上在りますので、13枚目からご紹介します。

121-09 もい-2 関谷富佐子-10 121-10) もい-2 関谷富佐子-10
63年1月号で発表された(もい)『強烈、エビ縛り』3枚組。
解説は「肥り肉(じし)の白い女体をくの字に二つ折りにして、着用のバタフライもかなぐりすててエビ縛りのまま受ける強烈なムチ打ちに真白いの臀部は忽ち紅に染まり、頸にかかった繩をピンと張りきらして悶える美体。」 さっきから「ムチ打ち、ムチ打ち」と言いますが、それにふさわしいポーズじゃありません。

121-11 もた 関谷富佐子-11 121-11) もた 関谷富佐子-11
同じ号で出ました、(もた)『全裸ムチ打ち』4枚組。
「豊麗な臀部に、太股に脛に、情容赦なく作烈する革製のムチ。白い肌にはミミズばれが赤黒く走り、後手に縛られて身動きの出来ぬ彼女は、只ヒーヒーといって転げまわるばかり。ムチ打ちに命を捧げる彼女に対して行った手加減のない本格的なムチ打ちの成果。」 ミミズ腫れもなく、赤黒くもない、綺麗なお肌です。イエ、修正の結果ではありません。

121-12 なみ 関谷富佐子-12 121-12) なみ 関谷富佐子-12
同年2月号。(なみ)『悦虐の果て』3枚組。
「この全身の表情をちょっとごらん下さい。殴って殴って殴りつけた末に、今まさに倒れんとした刹那、やっとキャッチした貴重なポーズばかりです。この写真から従前にない強烈なすさまじい責めのムードを掴んで下されば幸甚。」
関谷夫人の解説は、やたらと暴力的な割に、写真は普通の縛り写真で、責めのムードすら感じません。解説文を離れて写真だけを見れば、みんな綺麗な緊縛写真です。
大げさなしかめっ面も私としてはペケ。微妙に哀感のある表現が欲しいところです。

121-13 関谷富佐子-13 121-13) 関谷富佐子-13
09~11の、(もい)(もた)と同じ縛り方です。多分、ここらと同じシリーズでしょう。
この写真の表情は綺麗で好きです。お顔だけがボケているのが難ですが・・・。




121-14 関谷富佐子-14 121-14) 関谷富佐子-14
14から19も同じシリーズでしょう。
14,15のお尻の汚れは何か良く分かりません。単なる写真処理上の汚れなのか、ムチの痕と見せるためわざと付けた化粧(今で言う特殊メイク)なのか、はたまた、本当に鞭打ったのか?










121-15 関谷富佐子-15 121-15) 関谷富佐子-15
ここらの写真は、非常に綺麗なピントと階調です。















121-16 関谷富佐子-16 121-16) 関谷富佐子-16
ようやく普通の顔をしてくれました。綺麗な写真です。














121-17 関谷富佐子-17 121-17) 関谷富佐子-17
14からずっと同じ縛り方と思われます。






121-18 関谷富佐子-18 121-18) 関谷富佐子-18
ここいら、少し原板状態が良くないです。ホワイトスポットが多い目です。






121-19 関谷富佐子-19 121-19) 関谷富佐子-19
こういうほんのわずかしか違わない写真は、1枚をかな組で出した後、別のを英字組で頒布するのが通例でした。
組名はわかりません。



121-20 関谷富佐子-20 121-20) 関谷富佐子-20
ちょうど20枚目から縛り方が変わりました。
股間縄とさるぐつわですね。





121-21 関谷富佐子-21 121-21) 関谷富佐子-21
妙な、細かい黒線が数多く付着しいていました。写真自体は綺麗なんですが、この汚れが何かは全く分かりません。














121-22 関谷富佐子-22 121-22) 関谷富佐子-22
















121-23 関谷富佐子-23 121-23) 関谷富佐子-23
こういう無地のバタフライもいいですね。でも当時のものらしく、お腰にぴったりとはフィットしていません。生地の伸縮性が今とは違っていたんですね。
カーペットや壁紙から類推して、9枚目からここまでが63年1月号グラビア中、「鞭うちによる悦虐の表情」、「鞭打ちによる上半身の躍動」と「痛烈な一打による全身の表情」の類似写真でございます。








121-24 関谷富佐子-24 121-24) 関谷富佐子-24
ここからは新シリーズです。
これも、カーテンの柄から、同号グラビアの「苦痛にたえかねた表情」の類似写真です。
もうお気づきかと思いますが、このページでは、63年中に発表されたと思われる関谷夫人最初期の写真を展示しているのです。











121-25 関谷富佐子-25 121-25) 関谷富佐子-25
これ掛け布団じゃないでしょうか。昔、こんな事をすると、母親に叱られたものなんですが。
イエ、女を縛ることに対してじゃなくて、掛け布団の上に乗ることを、ですヨ。












121-26 関谷富佐子-26 121-26) 関谷富佐子-26
このポーズではどうしたってお腹のお肉が・・・。














121-27 関谷富佐子-27 121-27) 関谷富佐子-27







121-28 関谷富佐子-28 121-28) 関谷富佐子-28
関谷夫人のかな組写真分譲は、64年4月号を最後に丸3年間のブランクがあります。
後編では、67年ものを中心にお目に掛けますが、その前に少し休憩頂きます。



Posted: 2010-10-16 17:26:26

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