私の実家には、幼かった私の描いた絵を一面に貼った部屋があります。 午後...

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私の実家には、幼かった私の描いた絵を一面に貼った部屋があります。
午後にはぬくぬくと陽のあたる、小さな小さな部屋。

そこは私が中学生の頃に亡くなった、私の曾祖母の部屋。

両親共働きだった私を実質育ててくれたのが、彼女でした。


子供の頃の私は、片時も紙とクレヨンを離さない子供でした。
お気に入りは人魚姫とシンデレラ。
リボンを飾り、真珠やダイアモンドで精一杯のおしゃれをしたお姫様達は色あせながらも今も帰るたびに私を迎えてくれるのです。
今になって見れば本当に拙い。
特別に優れた絵では、決してありません。
けれど当時の私は大得意。
次々と書き上げては彼女の元にかけつけました。
日に何度も。それを、毎日。
彼女は、私の最初の理解者でした。
そしてそれは今でも変わりありません。
私を褒め、全てを肯定し、私の幼い絵は彼女の手により、王女様みたく丁寧に扱われ壁に貼付けられました。
わたしはそれを眺めては幸せを感じていました。
だってそれは、私が彼女の宝物という証だったから。


彼女が亡くなった時、私は中学生でした。
世の中を斜めに見る。
(
自分自身にも、自分の絵にも、自信なんか一切なくて)

私は、泣かなかった。
薄情者の人でなしと私は自分を思いました。
家を嫌いになった訳じゃ勿論無い。
でもあれほど暖かく居心地の良い場所は、二度と見つかることはありませんでした。
 
私は世界を斜めに見たまま、世界や他人を疎ましがり、自分を出来損ないと思い、思い続けて何年も生きて。
そしてふと、気付きました。


私を宝物と思っていた彼女はきっと、私のこの様を見たなら悲しむだろうと。


私が、彼女が死んで泣かなかったことも、世界や他人に対して抱き続けた醜い感情も。
思春期に彼女を…少し疎ましく感じたことがあったことも…許すだろうと。

そして私が大好きだった絵を今も続けていると知ったなら、きっと、褒めてくれるだろう。


私はお金がほしい。
私は有名になりたい。
私は多くの人に愛されたい。
私は絵で、そうなりたい。
けれどそんなのは、結局後からついてきた理由でしかなく。
最初はただ、認めてほしかった。それだけでした。
大切な人に。
執着した人に。
 

思えば彼女が亡くなってから描いた私の絵は、
無くしたものを再構築しようと、じたばた足掻いた証でした。

 

私の名前は、大事な大事な、この彼女の名前です。
私は彼女を近くに感じます。守られているのだと。

そして。
 

彼女のあの、「甘い小部屋」。
 

それは他でもない。


幸せの象徴。そして私の原点。
 

私を全て肯定する、彼女の部屋なのです。

 

 

 

中村キク

 

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中村キク展 nakamura02.jpg
「仲のいい姉妹」
http://
www.vanilla-gallery.com/gallery/nakamura/nakamura .html

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入場無料


中村キク/プロフィール

1979
年生まれ
2003
年 大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業(銅版画専攻)
一般企業就職後一時絵から離れるものの、2008年より活動を再開。

活動履歴
2002
年 第二回高知国際版画トリエンナーレ展(入選)
2008
12月 クリエイターズマーケット(名古屋)
2009
5月 デザインフェスタ(ビッグサイト)
2010
3月 個展「甘い小部屋」(大阪 ART HOUSE)

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銅版画や鉛筆の作る濃淡の世界。
繊細で壊れてしまいそうな世界を紡ぎだす、中村キクの作品を是非ご高覧下さい。

皆様のお越しをお待ちしております。

 

 

 


Posted: 2010-07-15 10:31:21

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