戦禍を免れるためにアメリカに帰ったら、それまでのヨーロッパ美術界での評価と名声が殆ど知られていなくて、批評家からは「模倣者」の烙印迄押される始末。さながらシュルレアリスト連中の写真係、くらいの評価だったのだろうか。1940年代、カリフォルニアで静かな生活を...

戦禍を免れるためにアメリカに帰ったら、それまでのヨーロッパ美術界での評価と名声が殆ど知られていなくて、批評家からは「模倣者」の烙印迄押される始末。さながらシュルレアリスト連中の写真係、くらいの評価だったのだろうか。1940年代、カリフォルニアで静かな生活を送ったマン・レイの作品は、力の抜けたポートレイト写真や、新しい恋人ジュリエットとアトリエに引き篭もって撮影したと思しき実験的コンポジションの残滓のような作品が並ぶ。

国立新美術館のマン・レイ回顧展は不思議な展示だった。名だたる作品は既にポンピドゥ・センターに収蔵されており、その残ったものたちがマン・レイ財団にあるということが公式テキストに記されている。確かに、印画紙と光とオブジェによるレイヨグラフ、そして偶然の(リー・ミラーによる)現象で起こったソラリゼーションの名作たちは殆ど展示されていない。

肖像写真家として実績を持っていたマン・レイの、それが当時の流行にマッチしていたのかどうかは判らない、目線が曖昧な横顔のポートレイト群。それはどこか、絵画的構成の規律に引きずられていたのか、と思わせるような、透徹な美意識を感じさせた。愚直なまでに光と影を操作することに腐心しているマン・レイの、普通に真摯な作品だと思った。写真とは本来、このような態度で撮影されるべきのものなのだ。

晩年の、パリに戻ってからの写真活動。商業的案件は拒絶しながらもスタジオに篭もり恋人のポートレイトを撮り続けた。ポジフィルムによるプリント、ポラロイドへの好奇心。その行為は、マン・レイが抱き続けた写真への憧憬と執着を明確に表している。そのような感興がしみじみと湧いてくる、地味だけど記録としても重要で、写真という芸術に就いて、深く考えさせられる展覧会だった。




1950年代制作の無題ポートレイト。密着プリントのように濃厚な色彩、そして華美ではない色遣いが示す抑制の効いたデザイン感覚。エキゾチックな装飾のモデルの自由な表情が美しい。



怜悧で知的な美貌のジュリエット・グレコ(マイルスが恋して叶わなかった女!)。色彩定着新技法による素晴らしいポートレイトは六本木駅に貼ってあった展覧会ポスターにも載っている。マン・レイはその魅力の虜になっただろうか。これは同じポーズでモノクローム・フィルムでも撮影したもの。別カットでは伝家の宝刀(?)ソラリゼーションによって仕上げられた作品もあった。もしマン・レイ撮影のジュリエット・グレコ写真集があったら…などと思わずにいられない。



マン・レイ展 知られざる創作の秘密
国立新美術館(東京)
2010年9月13日(月)迄


Posted: 2010-08-11 19:39:00

Leer el Artículo Completo