「世界の人口が約六十億人あるとする。そのほぼ半分、三十億人が女性である。そのうちの三分の一、約十億人が十七歳あたりから四十歳半ばあたりごろの若い女性、またはろうたけた熟女たちであろう。 この、十億人という圧倒的な女性集団のボリュームを思うと、異様な戦慄を感じざるをえない(中略)厳重に選んで十人に一人、いや百人に一人、いやいや千人に一人という割で選び出すとしよう。千人中の一人というのなら、たいていの我儘な面食いでも、まず妥当な女が選べるであろう。 とすると、十億人の中の千分の一だ。これは百万という数字だ。千人に一人の美女が世界には百万人もいるのだ。その百万人をもしオリンピックのように一箇所に集めて、目の眩むようなその大集団の中へ、たった一人で埋没するとどうだろう。蚯蚓や土竜のように百万人の足の大ジャングルに頭から分け入り消えてい
く……」(沼正三「百万人もの女性のエキス」より) : 沼正三著 「懺悔録 我は如何にしてマゾヒストとなりし乎」が、ポット出版 より刊行されました。天野哲夫名で長年S&Mスナイパーで連載した「ある異常者の体当たり随想録」からの選りすぐりの文を再編集したもので、担当編集者は元スナイパー編集部同僚の高橋君です。あの「家畜人ヤプー」の作者、沼正三の正体であるとされている天野氏ですが、昨年秋に、奇しくもスナイパーの廃刊に合わせるかのように訃報がありました。戦後最大の奇書と謳われたヤプーの作者が天野さんだったのか、謎は封印されたまま現在に至っているわけですが、沼正三著ということで長年のマゾヒズム論集がまとまったということです。 引用したのは「ある異常者の……」の中でも特に印象深い一文で、天野氏の壮大なまでのマゾ的妄想力がいかんなく発揮された名文です。百万人の美女までの皮算用もかなりの偏執ぶりですが、その百万人を自己との相対化を計るにあたって、きっぱりとオノレをモグラかミミズと規定し、さらには百万人の美女の、おみ足にターゲットを絞ってその妄想の渦に巻き込まれていく幸せよという、あまりに具体的なマゾヒストとしての心情の吐露は、むしろすがすがしくユーモアさえ併せ持っていると思います。瀟洒な装丁で丁寧に作られた造本もよいです。ご興味を持たれた方はぜひ御一読を。