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shibari: bondage erótico japonés

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

気がついたら随分時間が経っている。空白の理由は否応の無い疲労感で、指先が痺れたり、眠くて仕方無かったり。「自分」のことを嬉々として語れない。無関心と謂う訳でもないのだが、なんだか億劫だ。台風1号とか2号が上陸するのは珍しいらしい。梅雨入りも異常に早い。緑が芽吹いて、雨に煙る都会の風景が好きだったのに、雨の雫に慄きを感じるなんて、と思う。

其れでもなんとか、取り掛からなければならない仕事に漸く手をつけはじめたりできるくらいになってきたので、その余勢で書き始めて居る。いろいろ遡るので長文ご容赦を。

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

昨年からオープンした神保町画廊。当初は画廊によるセレクション展が続いて、
私も少しだけ飾らせて戴いたが、今度はいよいよ村田兼一氏の個展。
「少女に棲む魔法」2011/6/1-19
http://jinbochogarou.com/

サイトを拝見すると、作家御本人が最初の5日間在廊とのこと。村田さんはゆっくりだから、夕方あたりがベターだと思う。私は今回の展覧会用フライヤーを制作した。相馬俊樹さんの文が入ったモノクロ面と、カラー面は作品がピンナップ風になってる。DMは折り込まれているけど、画廊に行けば折れてないのを入手できるかもしれない。

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

相馬氏の文章を最後のところだけ抜粋。

「…村田兼一の最近の作を見て、彼のスタイルがついに固まりつつあるといった印象を受けた。洗練を積み重ねてきた独自の構図に無駄を排して究極の快美を凝縮し、エロスの熱を凝固させて封じ込める。模索を繰り返したエロティシズムのスタイルが確固となるもはや、極度の露出を特徴とする構図のパターン以外の作にも、彼のスタイルの粋は隅々にまで浸透している。純白のストッキングと長い手袋を身につけた、ほぼ全裸の少女が髑髏に手を添えて横たわる、彼にしては珍しい新作においても、その雪肌のごときまばゆい裸身のあらゆるところから、独自のエロティシズムのスタイルが滲み出しているとはいえまいか」

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

5月25日に、荒木経惟さん71歳誕生パーティに行った。タカ・イシイギャラリーでの『写狂老人Aのフィルム・ノスタルジー』展の流れ。アラキネマの後で、荒木さん自身が今回の展示について語った。葛飾北斎晩年の匿名画号である画狂老人へのオマージュである写狂老人A。ノスタルジーは妻、陽子さんや愛猫チロと暮らしていた幸福な日々の思い出が、喩えば「都内の公園で出会った子供が無邪気に池で遊ぶ光景」によってフィードバックされてくるのだと云う。そしてやはり、荒木さんにとっても、今回の大震災と津波、そして原発事故に対する抗し難い無力感があって、写真する力が、郷愁への誘いに向かっていく、と語っていた。

ギャラリーのサイトに荒木さんの言葉があったので抜粋。

「写真っていうのは、まあ写真つーか人生は、ノスタルジーだと確信をもったわけだよ。こういう光景に出会って。今のデジタルの時代にだよ、都会の真ん中でこういう棒だよ、棒をもってザリガニだか鯉を追ってるんだよ。少年時代の思い出とかさ、人生ではそういうノスタルジーが一番大切だと確信をもった。老人は(笑)」

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

「愛の劇場」 荒木経惟  タカ・イシイギャラリー刊(2011年)

荒木さんに関しては3月の初め、震災の少し前に「月刊NEO」シリーズというので撮影があって、手伝いに行ってきた。福生の廃れた歓楽街などで、たぶんまだオフレコだろうと思われるので特に名を秘してしまうが、グラビアアイドルのモデルを二日間に渡ってのロケだった。其の前に、タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムのオープニング展「愛の劇場」があって、同名の写真集を戴いた。当時の印画紙箱を複写した表紙、そして本のサイズもキャビネ。此れもサイトに荒木さんの言葉があるので転載してしまおう。

「〈愛の劇場〉と書いてあるキャビネ判の箱が出てきた。開けてみると150枚ほどのプリントが入っていた。65年頃のプリントだ。その頃オリンパスペンFでガチャガチャ撮って、わざと熱現像とかイイカゲンにフィルム現像してイイカゲンにプリントしてた、その頃の私と女と時代と場所が写っている、表現しちゃってる。あの頃から〈愛の劇場〉とか言ってたんだねえ。まーそれにしても、イイねえ、イイ写真だねえ、デジタルじゃこうはいかねえだろ」

確かに、かなり【表現】している感じがする。全然いい加減ではなくて、寧ろ洗練されている。
この本の形がとてもいい。

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

pic:harukichi

テキサス生まれの大阪人、友人のRik Sanchezの紹介で日本にやってきた、オーストラリアのポルノスター、Shin Kou Sabreに会った。彼女自身が縛られている写真作品を撮りためて、写真集を豪州で出版するというプランがあるというので、私にも依頼したいということらしい。峠の地蔵のハル吉君に手伝って貰ってなんとかコミュニケーションを成立させる。縛りに特化した要望なので、久しぶりに雪村春樹さんに縛って貰おうと思い連絡したら快く承諾して戴いた。Shin Kouは東京でRikの撮影を終えて、一旦大阪に戻り、改めて上京してくるということになった。熱心さに心を打たれた。

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

pic:harukichi

と謂う訳で5月1日に三軒茶屋の懐かしい和風建築スタジオで撮影。出来上がりを披露できるのは来年くらいだろうか。雪村さんの縛りとパーソナリティに、Shin Kouは感激して帰っていった。私もホッとした。逗子からわざわざ来てくれたEMIさんや、雪村さんの縄のお弟子さんであるフランス人紳士も参加してくれて、いろんな人に助けて貰った撮影だった。私と雪村さんも随分暫くぶりの再会だったので、以後作品撮影の約束などをする。そんな意味でもよい出来事だった。

Rikたちと会ってから撮影迄の週に、Le lezard nirのステファンと、昨年も会ったフランスのテレビクルーたちが来日したので会った。雪村さんと久しぶりに約束したばかりだったから、此れはなにかのシンクロニシティかとも思ったがそうでもなく、撮影の日には既に帰国してしまうとのことだった。日本がこんな状態なのによくぞ来たものだと思うが、考えてみると彼の奥さんは日本人だし、玉の肌のご子息を里帰りさせなければならないから、半分ジャパニーズみたいなものだ。写真家・舞踏家の酒井敦さんも同席。プランニングからはや何年も経つが酒井さんの本が未だできないから、ちょっと催促も兼ねる。デザイナーのカワイコウジ君がりえ坊と一緒に合流した。りえ坊はスナイパー編集部在籍時に、酒井さんの過酷ロケを共にした仲間なのでグッドタイミングだ。りえ坊とも3年以上ぶり。話に花が咲くが彼女も今では良き家庭人なので電車があるうちに帰ってしまった。
其の後、ステファンたちとゴールデン街に行き、会田誠のバー「芸術公民館」に。会田氏は紙パックの日本酒を飲んでご機嫌。ちょうど彼が出展しているウクライナはキエフの美術館を訪れる観客と、skypeでコミュニケーション。全然関係ない私とカワイ君も酔いながら、豊満なスラヴ系美女に話しかける。英語が全然通じないから、ウクライナ語は判らないのでロシア語か?と謂うことで「スパシーボ」を連発したらウケた。と、どうでもいいことばかり書いてしまった。テレビクルーのひとり、france televisionsのDominique Laveauが、昨年撮ったインタビューがサイトで見れるから見てくれと熱いので改めて見てみるが、自分のことなので恥ずかしい。でも仕方が無い。http://www.hachiju.com/?p=69 喋りはともかく、写真の選びと演出がいい。Dominiqueもシャイでいい奴だった。

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

「異体循環(赤版)」 徳野雅仁  架空工房刊(2010年)

未だ遡る。3月に、 parabolica-bisで中村きょうさんの個展があり、真っ暗な浅草橋に徳野雅仁さん、相馬さんと伺った。中村さんも久しぶりだったが、後藤元洋さんや蝋細工オブジェ作家の杉本さんと話していると、15年くらい前に戻ったみたいな気分になった。私が装丁、構成した徳野さんの私家版画集『異体循環(赤版)』は昨年に完成していたのだがアナウンスをしていなかった。徳野さんの新作展覧会に併せて、と思っていたためだったのだが、その予定も未だ先のことになってしまうので、此処でやっと御紹介。前回トムズボックスから発行した同名画集から、さらに点数を絞って選んで、表紙に穴を開けて工夫したもの。現在は神保町画廊、カフェ百日紅すずらん堂ポスターハリスギャラリーなどで販売中。

「少女に棲む魔法」村田兼一展他、そして最近迄のこと。

「野菜の自然栽培入門」 徳野雅仁  学研パブリッシング刊(2011年)

徳野さんは完全無農薬栽培の園芸家でもある。と云っても其の辺のエコロジーを語る輩とは違い、化成肥料さえ拒絶する透徹栽培である。学研から出版されたばかりの『野菜の自然栽培入門』を戴き、紐解いて見ると、自然の実りと謂うことが、過酷ではあるが、とんでもなくありがたいものだということを感じることができる。そして、未来を思うと、どうしようもないくらい暗澹たる気持ちに包まれる。
私が10代の頃にチェルノブイリ原発事故は起こった。数千キロ離れたソ連のことなのに、眼に見えない放射能被曝という恐怖を、初めて感じ、戸惑った。当時の我々には、東西冷戦の緊張、均衡状態の中で、偶発的に起こりうる核戦争の恐怖感と謂うものが潜在的にあったのだが、現実に起こった放射性物質の拡散は、原子力発電所の爆発ということだったから、其の頃刊行された広瀬隆の本を読んで、戦慄を覚えたものだった。しかし悲しい哉、今の今迄、危険な原発から意識を逸らして生きてきた。私と同じ様な慨嘆を覚える人ならば、メルトダウンという言葉は、即終末と謂うイメージを持つのではないだろうか。

随分時間が経った。事実は覆われた儘、やがて綻びだけが露見し、解決への道筋は全然見えない。窓を叩く雨の音に怯えながら、私は依然、虚無的になった儘なのだった。

Authors: 渡邊安治 yasuji watanabe

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